全日本GT選手権(JGTC)’98 第 2 戦

NISSAN R390

1998年5月3日(日) | 富士スピードウェイ | 雨

「サーキットへ行こう!」ということでGT選手権観戦。サーキットも、レースも初ということで、とても楽しかった記憶があります。

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当時はまだ RX-7(FD) をはじめ、R33 GT-R や、スープラなども現行モデル。各メーカーのフラッグシップマシンがサーキットを疾走していました。

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この 1998 年の全日本 GT 選手権 第 2 戦(現:SUPER GT)ですが、実は日本のレース史にも残る大事故が発生しました。

当時私たちは第一コーナーを降りてきたコカコーラコーナーで観戦していたのですが、スタート時にいきなり事故が発生。マシン火災の大きな黒い煙が印象的でした。

本栖湖ツーリング

本栖湖ツーリング

1998年4月17日(日) | 本栖湖 | 晴 | 4台6名参加

D/DEVIL初のツーリング。すべてはここから始まりました。

本栖湖ツーリング

免許を取ったばかりの頃、スポーツカーに出会い、そして、自分でも乗りたいと憧れる日々がありました。バイトをする毎日でした。そして、夜、バイトが終わった後に夜な夜な中古車屋などを見てまわったり、あれやこれやと自分のクルマは何にしようかなどと遅くまで語りあったものでした。青春ですねぇ。

あのときの気持ちは、いつまでも大切にしてきたいと思います。

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このときの参加者は、Mrトヨタ、YNE、T 氏、MUGEN 氏、Yuichi 氏、そして初ゲストということで S 氏でした。

S 氏というのは R32 スカイラインのタイプ M に乗っていた方です。ツーリングでもやらない? というノリで参加していただきました。

ピッコロ氏は不参加。今では考えられない(?)かもしれませんが、初めはチーム参加に消極的でして(笑)。

本栖湖ツーリング

ちなみに、初期の写真はフィルムカメラで撮っています。

デジカメもあったんですが、デジカメというものがこの世に登場したばかりの頃で、実用にはまだまだ耐えない代物でしたね。

創世記

T 氏のタイプ M

スカイライン ECR33

D/DEVIL 初期メンバーの一人である T 氏。
D/DEVIL の歴史は、彼が ECR33 に乗りかえたところからスタートしたといっても過言ではありません。
それまでメンバーはクルマには興味がなかったのですが、この体験により “クルマ=移動手段” という常識は砕かれたのです。

スカイライン ECR33

彼は 4 月にこのクルマを購入し、毎月パーツをひとつ換える若さっぷりを発揮!

最終的にはブーストアップまでしましたが、タービンブロ-により爆死。彼は BCNR33 へとステップアップするのです。

ちなみに、彼。この前は通勤用サニーでしたが、峠で爆死!
Mrトヨタ氏も助手席で爆死体験! いやぁ、若さ大爆発。

 

ピッコロの華麗なる暴走

マツダファミリア

ピッコロ氏です。免許取得後に初めて乗ったのがマツダのファミリア。選んだ理由は、家の隣にマツダのディーラーマンが住んでるから……だそうです(笑)。初心者らしく?ブツけまくって、ベコベコの状態になってしまいました。

ファミリア爆死

D/DEVIL OFFICIAL HOMEPAGE

メンバーに勧められてマフラー交換。イエー! しかし、その次の週に事件が起こりました。

洗車をしてピカピカになった愛車で、夜に愛宕を攻め爆死!

事故処理に来たポリスの一言。「あ~あ~、ローリングしすぎて、曲がりきれなかったかァ」……笑えないっつーの!

ホンダシビック

ファミリア爆死、そのショックからピッコロ氏が次に乗り換えたのがシビックでした。EG 系 VTi というグレードでしたが、これがなかなか調子が良かったです。

爆死の教訓を生かさずサイドばっかり引いていましたけどね。

トヨタ・セリカ GT-FOUR ST205

トヨタ・セリカGT-FOUR ST205

TOYOTA CELICA GT-FOUR | ST205 – 1994/02 ~ 1999/09 Debut

未来の国からやってきたセリカ

セリカが登場した当時の日本の自動車業界では、動力性能と快適性は相反するものとして、性能を追求した場合は、どうしても快適性が犠牲になるのは仕方がない、という認識がありました。

そんな中、衝撃的なキャッチコピーと共にデビューしたセリカは、快適性を保ちつつ、動力性能も高く、また、スタイリッシュ、という「スペシャリティ」というジャンルを築きあげたのです。 “トヨタ・セリカ GT-FOUR ST205” の続きを読む

ミツビシ・GTO | Z16A

ミツビシ・GTO

MITSUBISHI GTO Z16A | 1992/01 – 2000/08

ミツビシ・GTO

スポーツは、ライバルがいるから、面白い。

三菱 GTO は、個性的な迫力のビッグボディに 3.0L V6 エンジンと最先端のテクノロジーを惜しげもなく搭載したスーパー 4WD スポーツ。

デカイ、重い、曲がらない、など、販売されていた当時は他社フラッグシップ・マシンと比較されて酷評されることが多かったですが、改めていま見てみるとこれだけ個性的なクルマは今の日本車には存在しません。

バブルが生み出した貴重な一台と言えるのではないでしょうか。

三菱・GTO
2016/01/02

ミツビシ・GTO
2005/03/27

ミツビシ・GTO
2004/12/19


俺達の GTO

GTO は、かなりマニアックな(販売台数からしても)部類でした。
理由は、当時はネガティブな部分ばかりが語られる事が多く、特に車重の重さが敬遠されていたように思います。
どちらかというと、スポーツカーというよりも、トヨタ・ソアラと同じように、高速道路を優雅に流す、というラグジュアリーな印象を持っていた人が多かったです。

確かに、日本の峠で振り回すのには厳しい大きさ(当時は車幅 1.8m 以上は稀)と重さ。エンジンパワーは十分でしたが、サーキットでガンガン走るにはそれなりにマシンを仕上げる必要があったと思います。

日常使いでも、やはりボディサイズは大きいですし、後部座席には座れないし、トランク容量も実はかなり少ないです。燃費もそれほど良いわけではないですしね。

でも、そんなことはどうでもいいのです。

オーナーさんが GTO を愛している理由を、今はわかる気がします。
スペックや世間体で車を選ぶのではなく、自分の意志でそのマシンを乗り続ける。

そんな風に思えるクルマは、今の日本車には何台あるのでしょうか?

Mrトヨタ